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東京地方裁判所 昭和39年(行ウ)19号 判決

原告 株式会社 太平洋テレビ

被告 国・京橋税務署長

訴訟代理人 真鍋薫 外四名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「被告国は、原告に対し金四五六、六四六円及びこれに対する昭和三九年四月四日以降支払い済みに至るまで日歩二銭の金員を支払え。被告京橋税務署長は、昭和三五年六月一六日付及び同月二七日付でした別紙物件目録記載の物件に対する差押処分を解放せよ。訴訟費用は、被告らの負担とする。」との判決及び金員の支払部分に対する仮執行の宣言を求め、その請求原因として、次のとおり述べた。

一、被告京橋税務署長は、原告の源泉徴収所得税について、次のとおり決定して、原告に通知した。

符合

決定年月日

源泉所得税額

同加算税額

合計

備考

1

昭和三五、三、三一

四六、九九九円

―円

四六、九九九円

昭和三五年一二月社員給与分

2

〃四、二五

二五六、〇三〇

六四、〇〇〇

三二〇、〇三〇

昭和三四年八月〃

3

二四七、八七五

六一、七五〇

三〇九、六二五

同月認定賞与分

4

一四、六〇〇

一四、六〇〇

同年一一月認定賞与分

5

〃六、二〇

二二八、三九〇

二二八、三九〇

昭和三五年三~五月〃

6

六、三八七、〇八三

一、五九五、〇〇〇

七、九八二、〇八三

昭和三四年一~一二月分

二、被告京橋税務署長は、昭和三五年六月一六日前項符号1ないし4の滞納税金徴収のため、別紙物件目録記載番号1ないし3の電話加入権及び自動車二台を差し押え、次いで同月二七日前項符号1ないし6の滞納税金徴収のため、別紙物件目録記載番号4のビル賃借保証金及び敷金並びに同5ないし77の動産合計二七九点を差し押え、さらに、同月二九日前項符号1ないし6の滞納税金徴収のため、原告の株式会社大和銀行丸ノ内支店に対する当座預金一四一、〇七〇円、定期預金五七六、〇〇〇円の預金債権を差し押え、同年九月七日東京国税局長は、前項符号1の滞納税金徴収のため、原告の株式会社三菱銀行築地支店に対する当座預金一二、六六九円の預金債権を差し押えた。

三、第一項記載の源泉徴収所得税額中、符号6の合計金七、九八二、〇八三円は、原告が労働大臣の許可を得てテレビ放送局と芸能者との間の出演関係の成立を斡旋し、出演者よりその出演料の一〇パーセントの手数料を徴収するという有料職業紹介事業を営んでいた際、芸能者がテレビ局より支払いを受けた出演料を便宜上原告の手を通して入手していたため、被告京橋税務署長が原告を右出演料に対する所得税の源泉徴収義務者と誤認したことに基づくものであつて、原告は、本来その徴収義務も、納付義務も負うものではない。

課税処分は、法律の執行行為であるから、納付義務者でない原告に対してした源泉徴収所得税の決定は、法律上実現不能の行為というべきもので、その瑕疵は重大であり、しかも、芸能者が原告に専属するものではなく、原告は単に有料職業紹介事業を営んでいたに過ぎないことは、僅かな注意を払うことによつてたやすくこれを知り得たのに、被告京橋税務署長は、当時争議中にあつた原告の従業員の密告を軽信して、十分の調査をしないままに前記決定をしたもので、その処分は重大かつ明白な瑕疵があつて無効である。

四、被告国は、原告より金一、四二五、九四〇円を徴収し、その内金七五九、六一〇円を第一項符号6の滞納税金に充当し、その余の金六六六、三三〇円を第一項符号1ないし5の滞納税金に充当しているが、前項記載のとおり第一項符号6の滞納税金は存在しないのであるから、これに充当された金七五九、六一〇円は、原告において被告国に返還を請求し得べきところ、第一項符号1ないし5の滞納金になお未納分があるので、これに充当しても、なお金四五六、六四六円は、原告がなんらの義務なくして、被告国に徴収されたものであるから、被告国に対し、その返還とこれに対する訴状送達の日の翌日の昭和三九年四月四日より支払済みまで日歩二銭の還付加算金を請求し被告京橋税務署長に対しては、原告に滞納税金がないのに差押をしたものであるから、同署長が別紙物件目録記載の物件に対してした差押処分の解放を求める。

被告ら指定代理人は、主文同旨の判決を求め、原告の請求原因第一、第二項の事実及び第四項の事実のうち、原告からの徴収額を原告主張のとおり充当したことは認めるが、昭和三九年六月一一日現在の原告の滞納額としては、請求原因第一項符号6以外になお金五六九、九三四円がある、その余の原告の主張は争う、と答弁し、次のとおり述べた。

一、行政処分が無効であるというためには、単に抽象的に処分に重大明白な瑕疵があると主張するだけでは足りず、処分の要件の存在を肯定する処分庁の認定に、重大明白な誤認があることを具体的事実に基いて主張すべきところ、原告が無効原因として主張するところは、単に原告が所得税法第四二条所定の支払者でないのに同条に基いて賦課決定したことが違法であるというにすぎず、主張自体理由がないというべきである。

二、原告は、被告京橋税務署長が十分の調査をしていないから、本件賦課処分には重大明白な瑕疵があると主張するが、仮りに、被告京橋税務署長の調査が十分でなかつたとしても、行政処分の瑕疵が明白かどうかは、処分の外形上、客観的に誤認が一見看取し得るかどうかによつて判断すべきもので、行政庁が怠慢により調査すべき資料を見落したか否かは、これと直接関係を有するものではないから、原告のこの主張も理由がない。

理由

行政処分の無効の主張が許されるのは、行政処分について、行政上の不服申立の手段と出訴についての期間の制限が定められている場合に、右不服手段を尽さず期間の制限を遵守しないことによつて、行政処分を形式的に確定させ、以後は当該処分の効力を争うことがされないものとすることが、具体的事案において著るしく酷な結果を招来することがあり得るところから、特段の事情の存在する場合に限つて、例外的に右不服を尽すことを怠り又は期間の遵守を怠つた場合においても、なお、行政処分の効力を争い得るものとすべきであるとの趣旨に出たものと解すべきであつて、特定の行政処分について、無効の主張が許されるかどうかは、当該処分の性質、不服申立制度が処分の違法を是正する上において果すべき役割りの重要性、当該処分の瑕疵そのものの重大性、明白性など一切の事情を総合勘案して判断すべきものといわねばならない。

本件の課税処分その他所得の認定に関する課税処分等は、本来大量かつ回帰的になさるべきもので、しかも課税要件の充足の有無に関する事実は、課税の原因となるべき事実を直接知り得る立場にある納税義務者の適正な協力なくしては、課税官庁のみによつて、これを正しく把握することが困難であり、それだけに、課税原因たる事実を直接知つている納税義務者の申し立てる行政上の不服手段が処分の違法を是正する上において果すべき役割りは重視さるべきものであり、それ故、課税処分については、慎重な行政上の不服申立手続が定められていると同時に、行政運営上もその周知徹底がはかられていることも公知の事実であるから、みだりに課税処分の無効を理由に行政上の不服手段を経由することなく出訴ができるものと解することは、右述のような制度の本旨に反するものであり、また、この種の処分が性質上迅速に確定さるべき要請をもつものであることも明らかである。従つて、この種の処分につき課税要件の不存在を理由にその無効を主張するには、以上のような諸点を考慮にいれても、なお、行政上の不服手段を尽さないことにより若しくは出訴期間を徒過したことにより出訴を許さないとすることが納税義務者にとつて著しく酷であると認められるような重大な瑕疵の存在することが、処分の外形上客観的に明らかであることを具体的な事実に基づき主張することを要するものと解すべきである。

しかるに、原告は、問題の課税処分の無効の理由として、原告が所得税法第四二条の支払者ではなく、これを誤認したのは、被告京橋税務署長の調査が十分でなかつたことによると主張するに止まるのであつて、例えば、すでに真の支払者によつて源泉徴収所得税が徴収、納付されているというような具体的事実に基づく無効原因は、なにも示されていないのであるから、原告の主張が課税処分の無効事由を具体的に明らかにするものと解する余地はない。

よつて、原告が請求原因第一項符号6の課税処分を無効と主張する点は、主張自体理由がなく、右無効を前提とする原告の本訴請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 白石健三 浜秀和 町田顕)

(別紙物件目録省略)

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